男女の友情はあり得ないってよく言うけど、そんなことない。
あたし達は友達以上恋人未満。
今までも…そしてこれからも。


―over Friend,
under Lover―




晴れた日の屋上は本当に心地いい。
少し冷ややかなコンクリートに寝転んだ瞬間、授業の開始を告げるチャイムが聞こえた。
それでも焦りや不安を全く感じないのは、このマイペースな性格故だ。
くぁっと猫のような欠伸をして、青空を見上げた。

「退屈…」

「なら俺とお喋りしますか?
サボり中のおじょーさん」
茶化すような言葉と共にあたしを覗き込む人物。
逆光で顔は見えない。でも誰なのかは見当がつく。
「自分もサボりでしょ? ソウちゃん」
そう言うと、彼は「まぁな」と答えて笑った。

ソウちゃんはあたしの幼なじみ。本名は草太。
彼を" ソウちゃん "って呼ぶのは、あたしだけ。
立夏(りつか)という名のあたしを" リツ "って呼ぶのは、ソウちゃんだけ。

「二組の笹倉…だっけ。リツも知ってんだろ?
さっきその子に告られた」
「で、また断ったの?あの子可愛いのに勿体ないよ」

ソウちゃんは結構モテる。でも誰とも付き合わない。
恋愛に全く執着がないのが彼の唯一の欠点だ。
平凡で「モテる」なんて言葉には縁の無いあたしからすれば、かなり羨ましいんだけど。

二人でごろりと寝転んだまま、雲が流れていくのを眺める。
大した会話はない。それでも気まずくならないのは、長年の付き合いのお陰だ。
何気なくソウちゃんの横顔を盗み見た。
ちょっと長めの黒髪。
その黒と対照的に、右耳には銀のピアス。
生まれつきの端正な顔立ち。
…モテるのも無理ないな、これは。

「神様って不公平…」
思わずそう呟くと「は?」と不思議そうな顔をされた。
「や、ソウちゃんは格好いいなって思っただけ」
隠すつもりもなく、あたしは素直に説明した。

「じゃあ付き合う?」
「遠慮しときまーす」
笑いながらそう答える。
冗談だってわかってるから、いつも本気にはしない。
付き合うか、なんて他の男子に言われたらきっと大慌てだろうな。

ソウちゃんといる時が一番落ち着く。昔からずっとそう。
あたし達の間に恋愛関係はない。
" 恋人 "なんて脆すぎる。
もしその関係が崩れてしまえば、友達として傍にいることさえ出来ないんだから。
だからあたしはソウちゃんの友達以上で恋人未満。
無防備に笑い合って。
兄弟みたいに支え合って。
それでいい。

それだけで、いい。

上半身をゆっくりと起こすと、春風が髪を揺らした。
隣からは下手くそな口笛が聴こえていた。



暑さが増し、蝉の鳴き声が耳に付くようになった頃。
ソウちゃんがまた告白されたという噂を聞いた。
相手は七組の高橋さん。
美人だしスタイルも良いけど、男好きって有名な子。
きっとまた断るんだ。根拠はないけどそう確信していた。
そんな時、あたしはソウちゃんに一緒に帰ろうと誘われた。

二人乗りなんて久しぶりだ。
中学の頃から変わらない青い自転車。結構ボロボロだけど、本人は愛用してるらしい。
自転車を漕ぐソウちゃんの背中に静かにもたれかかった。
やっぱり、落ち着く。

「なんかお腹空いたー」
「…ああ」
「そうだ、また二人でカレー作る?じゃがいも多めのやつ!」
「…ああ」
上の空な返事。いつもより声のトーンも低い。

「あのな…リツ。
俺、高橋って子と付き合うことにしたんだ」
ソウちゃんは一呼吸置いてからそう言った。
自転車を漕ぐ足を止めずに、振り返ることもなく。
たった一言でも、あたしに衝撃を与えるには十分だった。

さっきまで煩かった蝉の鳴き声も聴こえない。
頭の中が真っ白になっていく。
嘘でしょ?高橋さんと付き合うの?
「…そっ、か…。よかったね、おめでとう」
嘘、嘘、嘘。
よかったなんて、嘘なのに。
小刻みに震える唇からは思ってもいない言葉ばかりが出てきて。
ソウちゃんは何も答えなかった。

自転車のタイヤが滑らかな音を立てる。
目の前の広い背中にもたれたまま、あたしは泣いた。
気づかれないように声を殺して静かに肩を震わせ。
夕暮れの残光がじわりと滲んだ。


その日からあたしはソウちゃんを避け続けた。
友達には「喧嘩したの?」と何度も聞かれた。
喧嘩ならどんなに楽だろう。
今のあたし達は、謝ってもどうにもならない。仲直りも出来ない。
ソウちゃんと高橋さんが一緒にいるところを見かける度、心が痛むのに。

" 友達以上 恋人未満で十分 "なんて言い訳だった。

怖かっただけ。

幼なじみの境界線より奥に踏み込んで、全部失うのが怖かっただけ。


どうしても気分が晴れず、逃げるように屋上へ向かった。
今日も空は青い。
あたしの気分とは正反対の爽快な、青。
そう感じて「バカみたい…」と自潮気味に呟いた。

くだらない話で笑い合えるのも。
下手な口笛を聴かせてくれるのも。

あたしのことを、" リツ "って呼んでくれるのも。

「ソウちゃんしか…いないじゃん…」


「…じゃあ、付き合う?」

突然聞こえた声。振り返るとソウちゃんがいた。
驚きと困惑で黙り込むあたしに、一歩だけ歩み寄る。
「高橋とはもう、別れたから。
あの子 俺以外にもオトコいるらしいし、全然気にしてなかったけどな」
彼はそう説明しながら苦笑した。
そして、何かを決意したように一呼吸置き、此方を真っ直ぐに見た。
「それ以前に、高橋よりも大事な子がいたし」

あたしは何も言えなかった。ただ呆然と、目の前の人を見つめる。
ソウちゃんは言葉を続けた。
「その子にはずっと恋愛対象にされてなくて諦めてたんだ。
"付き合う?"って何度も言ってんのにな」

期待しちゃいけない。
自惚れちゃいけない。
分かってるはずなのに動揺してるのは、それは自分がいつも言われてた言葉だから。

校庭の青葉が風に揺れて、小さく音を立てた。
「俺には…リツが一番なんだけど」
照れくさそうにそう言うソウちゃんが可笑しくて、思わず笑みが溢れる。
あたし達は一瞬だけ顔を見合わせ、互いに歩み寄った。
いつもの問いを、今度はあたしから投げ掛けてみようか。

「じゃあ…付き合う?」


今日は二人で帰ろう。
下手くそな口笛を聴きながら、あの青い自転車に乗って。