*おまけ小説*
秋の終わり、本格的に寒く感じ始めた頃だった。
「Trick or treat」
子供の時、自分の部屋で遊んだいると、
襖から覗く碧い目と金色の髪の男の子
がそう言った。
わたしは、状況が理解できなくて、きょとんとしていたが、
わたしの持っていた
飴を男の子が羨ましそうに見ているので、ポケットに隠し持っていたもう一つの
飴をあげた。
「Tanks! 」
まだ幼かった私には、男の子が何を言っているのか理解出来なかった。
私は密かに、彼は幽霊なのではないかと思った。
金色の髪も、碧い目も、私はそれまで見た事がなかったから。
その日は、彼と2人で遊んだ。
彼の周りの不思議な雰囲気に、少しどきどきした事を覚えている。
その次の日、彼は隣りに引っ越してきた田畑さんの息子だと分かった。
―そんな10年前の出会い。
「千智、早くしないと遅刻だよ。」
「わーかってるって…! 」
わたしは慌ただしく階段を掛け降りる。
「お待たせっ! 」
「Lets go! 」
AM8:15。
仁は私の手をとると、楽しそうに走り出した。
こいつが浮かれている理由は、今日がハロウィンだから。
「千智、Trick or treat! 」
走りながらいきなり私の方へ手を差し出す。
きた!
「はい。」
「なっ!? 鞄に入れてる暇なんて無かったはず…! 」
「甘い。昨日の内に入れたのよ。」
私は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「くっそー…覚えて無いと思ったのに。」
仁は凄く悔しそうだ。
昨日の仁の様子を見れば誰だって、ハロウィンだって思い出すだろう。
光に透ける髪。
彼を見てると、眩しくてつい目を細めてしまう。
「たまには悪戯されようって思わない? 」
「全く。」
ぷいっと顔を背ける。
「Boo.付き合ってるのに…。」
仁は拗ねるのが上手い。
口を尖らせて、頬を軽く膨らませて。
私には出来ない芸当。
「Boo、じゃない。遅れるよ。」
私は走る足を速めた。
初めて仁に出会って、10年。
当たり前に隣りにいて、気付いた時には好きになっていた。
好きだよって、会話の流れでさらっと言った。
なのに仁は固まって…泣いた。
自分が一方的に好きなだけだと思っていたらしい。
わんわん泣く彼をみたのは、その時が初めてだった。
これが、去年の話。
「じゃあ、Trick or Treat.」
「悪戯希望。」
「却下。」
私から言うと、いつもこの返事。
まぁ…大して気にしないけどね。
肌寒い風が吹き抜ける。
「くしゅっ! 」
「風邪?」
仁が心配そうに私を覗き込む。
実際、今日は朝から少し寒気はあった。
でも、今日は絶対に休みたくない。
「大丈夫、仁にはうつさないから。」
「…うつした方が早く治るのに。無理はするなよ。」
無理、ねぇ…。
私はいつも、どれだけ頑張れば充分足りるのか分からない。
"限度"を知らないと仁にいつも叱られるのだ。
「……うん。」
あまり自信がないので中途半端な返事を返した。
昼休み、とうとう"限界"がきてしまった。
頭がぼうっとして、じんわり痛い。
私は友達に早引きすると伝えて、靴箱にむかった。
「千智!」
息を荒げて追いかけてきた。
仁は待って、と膝に手をついて息を整えている。
「帰るの?」
「…うん。」
少し、辛くなってきた。
仁を見上げるのがつらくてつい俯いてしまう。
「大丈夫?」
「大丈夫。」
慌ててそう答えると、少し立ちくらみがした。
ふっと意識がとぶ。
「千智!」
仁が支えてくれたおかげで、倒れなくて済んだものの、少し立っているのがつら
い。
と、身体が浮く。
「えっ!?ちょと…おろして!」
「駄目ー。下ろさない。」
私はいつの間にか仁におんぶされていた。
「仁も、帰るの…?」
「うん。今日はもういいや。」
仁の背中が、大きな壁に見えた。
「やだ。やっぱり下ろして。」
できるだけ、並んで歩きたかった。
仁は横顔が綺麗だから。
「Trick or treat.」
「は…?」
こんな時になにを…。
私がぽかんとしていると、仁は少し、振り返る。
あ、……横顔。
「今は無理だろ?だから、悪戯されとけ。」
……。
悪戯、かぁ。
まぁ、今日はおとなしくしておこうかな。
後ろから見る仁も、たまには悪くないかも、なんてね。