確率
「わたしの恋が実るのは、きっと『2階から目薬』より確率低いんだろうな
。」
千加は夕焼けに染まっていく空を眺めながらぼんやりと呟いた。
「え? 」
俺に話しかけているのだろうか?
それでもこの教室には俺と千加しかいない。
独り言にしては声が大きすぎるし…。
千加はまだ外を眺めたまま、何かを考えている様だ。
やっぱり独り言だったか…。
俺はもう一度日誌に目を落とす。
今日は千加と日直だ。
後は日誌を書いて戸締まりをして担任の机に提出
して
完了。
「今日の三限目って何だっけ?」
「地理。」
千加とは普段よく話すのに日直の時は何も話さない。
それでも沈黙が重いことは無くて。
今日は珍しく俺が日誌を書くと言って千加の仕事を取ってしまったから
手持
ちぶさたなのかもしれない。
男女ペアの日直日誌なんて大抵女の子が綺麗に書く。
その中で俺の乱暴な文字が少し浮いて見えた。
「…うん。わたしの恋が実るのはきっと『2階から目薬』より確率低い。」
絶対に。と彼女は再び呟いた。
「…それ、俺に言ってる?」
「どうだと思う?」
俺が聞いたのに…。
彼女は悪戯っぽい笑みで聞き返してきた。
ここは返答しておくべきか。
俺は千加をぼんやりと見つめる。
千加の髪が夕日に染まって赤茶けた色にきらきらと輝いている。
彼女は見た目は「綺麗」と分類されるほど大人びているのに、
笑った顔
やた
まに悪戯っぽい笑みを浮かべるときは同年代の女の子より幼く見える。
だから俺は密かに千加は「可愛い」部類だと思っている。
それを知ってる男には「ギャップがいい」と評判も高い。
それに性格がはっきりとしていて男女問わず気軽に話して頼りになる。
そんな彼女に好かれたらきっと、大抵の男は喜ぶだろう。
「『2階から目薬』よりは確率高いだろう。」
俺は自信たっぷりにそう答えた。
「そうかな〜…?」
千加は不服そうな声を上げると、
日誌の感想欄にペンを走らせる俺の手
元を
見る。
「じゃぁ…匠はうまくいくと思うの?」
諦め半分という感じで溜息混じりに尋ねる。
こちらを見た彼女の目に一瞬真剣さを見たような気がして慌てて視線を逸ら
す。
「さぁ、どうだろうな。『2階から目薬』が成功したら上手くいくんじゃな
いか
?」
平静を装ってそう答えると、彼女はそうかもね、と上の空な返答を返した。
「帰ろうか。」
「おう…。」
それから一言も話さずに学校を出た。
彼女は今日も、ただ、俺の隣にいる。