*影*









誰もいない屋上。
放課後、私は部活に入っていないので此処にいる。
屋上に落ちる影は私の影ともう一つ。

私の影に重なった汰唯智(たいち)
汰唯智は何時も私の後ろに座る。

「はい。」

そう言って私が結っていた髪をほどくと彼は嬉しそうに、
今日は何にしようかと持っていたポーチを広げる。

「今日はこの後アイス食べにいこうよ。」

「おっ、いいねー。じゃあアップだ。」

そう言うと私の髪をするすると上げていく。
アップということはポニーテールの様な感じだろう。

様な感じ、と言うのは私には彼の作る髪型が想像できないからだ。
何時も私の想像を超える。
そのくせ、私が自分で整えるよりも遙かに上 手い。

そう思っているうちにも、どんどん髪型が出来上がる。
今日は頭のうえでポニーテールにして、逆毛をたて、ふわりとお団子をつく ると 、
後れ毛は...どうしているのだろう?
上に上がってるのはわかるのだが...。

「わかんないだろ?」

汰唯智は嬉しそうに言う。

「わかんない。」

素直にそう答える。
そして、訊いても分からないからいいと付け加える 。
汰唯智はいつも感覚で物を言うので、彼の説明は全く理解できない。

「あー...何時触ってもいいな、香住の髪は。」

そう言って私の隣に来るとごろんと寝転がる。
こうやっていつも、隣りに座って話す。
髪を触られれる時と違って、右側から聞こえる彼の声に少しどきどきする。

「興味あるのは私の髪だけ?」

「あーはいはい。興味津々ですよ。髪も身体も。」 <><> そこかよ、といつもの対話。
何度繰り返されただろうか。
何時も何時も、相手にされない。
私の髪は触れてもらえても、私には触 れない 。
この距離をもどかしく感じる様になったのは何時からだろう?

好きなのにな、と小さく聞こえないように呟いて、何でもないと誤魔化して 。
自分の意気地なしなところに、自己嫌悪。

私も汰唯智の横に寝転がる。
こうしていても、どきどきしてるのは私だけなんだ。

汰唯智に背を向ける。
溜息をついて。

「香住。」

「.....何?」

汰唯智の方も見ずに返事をする。
どうせまた、髪が崩れるとかでしょう。

「好きだよ。」

「私の髪が?」

この台詞にときめかなくなった私が悲しい。
と、隣でむくりと汰唯智が起きあがる気配がする。

「香住、こっち向いて。」

私は起きあがらずに、ごろんと上を向いた。
汰唯智の広い背中に、開けた空が隠れた。
私の顔に汰唯智の影が落ちる。

「ちゃんと、聞こえてたよ。」

汰唯智はそう、にっこりと笑う。

ぎくりとした。

「.....何が?」

「告白。」

にっこりと言うより、にやりの方があてはまるだろう。
徐々に私の鼓動が早くなる。


「だから、何時も答えてたのに。もうこのやり取りうんざりだ。」

そう言うと汰唯智はずいっと顔を近づける。

私の視界いっぱいに汰唯智の顔が広がる。
それからゆっくり目を閉じるのと同時に、瞼に柔らかい物があたる。

次に頬。


そして、唇。



「隣にいて、触れられなかったのは香住が背を向けるからだよ。」


上から降る言葉に、身体をあずける。