花瓶の花
ライバル編
誰1人として知り合いの居ないこの動く箱に揺られて、
いっそ何処か遠くへ行くこ
とが出来たらどんなにいいだろうか。
そんな俺を咎める奴は此所には1人もいやしないのにそれが出来ないのは
やはり責
任を感じているからなのだ。
あいつからの電話に正直目の前が真っ暗になった。
『理彩が目を覚ました。』
あいつは会いに行けとだけ言って電話を切った。
彼女が事故にあって、俺は絶望や驚きより安堵を感じて居た。
やっと彼女から解放されるのだ と。
電車がゆっくりと停り、乗客が駅へと流れ込む。
その流れに身を任せ重い足取りで俺は病院へ向かった。
あいつが門の所で手を挙げるのが見えた。
俺は目の前にいるこの男に負けたくなかったのだ。
ただのライバル意識から彼女を好きだと思い込んだ。
そして彼女を傷付けた。
「理彩が会いたがっている。行ってやれ。」
そう言って病院を見上げる先にはその階でただ一つ、開け放たれた窓が見えた。
重い物が俺の胸の中に落とされる。
理彩は俺にとって花瓶に生けられた花だった。
育つ事も実る事もなく、ただ枯らさないように毎日水を換えた。
彼女からの愛情より、あいつに勝ったことの方が俺の中で勝っていた。
あまりにも繊細で儚い彼女の育て方なんて俺は知りもしなかった。
エレベーターが上昇するのに比例して俺の気持ちはどんどん沈んでいく。
のろのろと病室の前に立ち、そっとドアを開ける。
ベッドの上で更に繊細な彼女の姿に恐怖を覚えた。
いつか、俺は彼女を枯らしてしまう。
彼女はただ静かに涙を流して居た。
その唇が静かに動き、か細い声でこう言った。
「貴方じゃない…。」
そのまま涙を流し続けると死んでしまうのではないかと思った。
それほどまでに
弱々しかった。
それでもはっきりと俺ではないと言った。
彼女の目には悲しみが濃い黒であらわれている。
安堵 敗北感 悲しみ 悔しさ
俺の中でその全ての感情が入り交じる。
彼女は明らかにあいつを求めていた。
乱暴に扉を開き、元来た道を一直線に駆け戻る。
涙が溢れ、感情が流れ出す。
最後に残ったのは 敗北感のみだった。